
一、中国の古文字
「古文字」とは、文字通り古い文字にほかならなりませんが、中国では、この言葉を漢字とそれ以外の文字について使う場合に、意味が少し違います。漢字以外の文字は、満文、蒙古文や西夏文字のように、清朝以前に使われていた文字を広く「古文字」と言います。それに対して、漢字については、「古文字」は、秦以前の文字に限られます。この展示会では、秦以前の漢字という意味の「古文字」に焦点を当てます。
秦の始皇帝が文字を統一したということはよく知られていますが、『説文解字』によれば、秦の国では、漢字はなお八つの種類に分かれていたそうです。それを「八体」といいます。この八種類の書体は、「大篆」と「小篆」が、春秋時代以前と戦国時代以後用いられた正規の書体を指すほか、主に用途によって書体を分けています。それは、我々現代人も判子に篆書、官庁書類に楷書と、私信に行書や草書を使い分けているのとよく似ています。
その中でも、後世に大きな影響を与えたのは、いわゆる「隷書」です。これは、行政府の中で日々の記録活動に用いられた書体ですが、字体が簡略で、実用性が高い点が最大の特徴です。この隷書が漢代に受け継がれただけではなく、他の書体がほとんど忘れられてしまうほどの勢いで普及してしまいました。
我々が現在使っている楷書・行書や草書は、大本をただせば、いずれもこの隷書から発展して生まれたものです。先秦の文字とより直接な関係を保つ篆書は、印鑑という特殊な用途にのみ限定されるようになってしまいました。この事情は現代日本も漢代以降の中国もそれほど変わりがありませんが、このように隷書の普及によって書体が一変したことを「隷変」といいます。書体の変化の大きさを視覚的に理解していただくために、下に二つの例を掲げておきましょう。

図1:古文字と隷・楷書の書体比較
(裘錫圭『文字学概要』(商務印書館、2002年)より
この「隷変」は漢字の歴史において大きな節目となりました。始皇帝の文字統一よりもその意義が大きいかもしれません。「古文字」とは、この里程標を境に漢字を区別し、それ以前の漢字を一つのカテゴリーに纏めたものと理解することができます。
二、甲骨文
亀の甲羅や動物の骨に刻まれた文字を「甲骨文」として纏めることができます。最も有名なのは、「占卜(せんぼく=うらない)」を主要な内容とする殷墟の甲骨ですが、周代にも一時殷墟のそれとよく似た甲骨文が発見されています。大よそ西周中期辺りまで、占卜に使われていた甲骨に文字が刻まれた例が確認できます。その後の時代には、引き続き占卜に甲骨が使われますが、占卜に関する記録は、甲骨から消えていきます。興味深いことに、戦国時代には、甲骨文とよく似た卜辞を記した竹簡(包山楚簡、新蔡簡など)が発見されています。占卜の記録に、一定の変化が起きたと言えましょう。

図15:亀・背甲・卜辞(『甲骨文合集』より)
左:裏、穿鑿の痕跡。右:卜辞
占卜のほかに、例えば、骨に彫刻を施し短い記念文章を刻んだ特殊な資料も、この甲骨文に分類されるべきでしょう。右の写真は、「匕(ひ=さじ)」という食器に仕立てられた野生の牛の肋骨を映します。この肋骨は、丰という人が殷王から賜り、彫刻を施して、記念の文章まで記しています。文章には次のように言います。「壬午の日に、王が麦麓で狩をし、赤い色をした大きな野生の牛を獲た。時は、王の六年五月、肜日」。

図16:牛・肋骨・宰丰彫花匕(中国国家博物館蔵)
三、中国の漢字
漢字(かんじ)は、中国古代の黄河文明で発祥した表語文字。四大発明で使用された古代文字のうち、現用される唯一の文字体系。また最も文字数が多い文字体系であり、その数は約10万字に上る。古代から周辺諸国家や地域に伝わり漢字文化圏を形成し、言語のみならず文化上に大きな影響を与えた。
書体
文字は書く道具、書かれる媒体、書く速度、書き方などにより字形の様式を変えることがある。この様式の違いが文字体系全体に及ぶ場合、これを書体と呼ぶ。現在、使われている漢字の書体には篆書・隷書・草書・行書・楷書の五体があり、楷書の印刷書体として広く使われているものに明朝体がある。
| 甲骨文 | 金文 | 大篆書 | 小篆書 | 隷書 | 楷書 |
|---|---|---|---|---|---|
なお、各書体発展の経緯については#歴史を参照されたい。
字体
漢字は点や横棒、縦棒などの筆画を組み合わせて作られている。ある漢字がほかの漢字から区別される筆画の組み合わせを字体と呼ぶ。
構成要素
漢字は、筆画、筆順、偏旁、偏旁の配置構造という構成要素を持つ。この構成方法の違いによって1つの字体を形成する。漢字は点や線で表される筆画の組み合わせで作られるが、必ずしも一字一字が形態として独特であるわけではなく、複数の漢字に共通の部分が存在する。これを偏旁といい、偏・旁・冠・脚・構・垂・繞などの呼び名が、字の構成上の位置などに基づいて、これらの共通部分に与えられる。非常に単純な構成の漢字を除けば、多くの漢字はこれらの共通部分を少なくとも1つ、含んでいる。また、共通部分は、場合によってはそれ自体が独立した文字としても存在している場合もある。これらのうち、一部の共通部分は部首と呼ばれ、漢字の分類、検索の手がかりとして重要な役割を果たす。
造字構造
漢字は造字および運用の原理を表す六書(指事・象形・形声・会意・転注・仮借)に基づき、象形文字・指事文字・会意文字・形声文字に分類される。漢字の85%近くが形声文字と言われている。

